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かるの
各地で歴史講座を展開中。歴史を知る事で、人生や地域が豊かになる事を目指して。
フリーマガジン「道の駅」にも寄稿中。
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2014年09月30日

北陸へ 2014 ①大垣から近江八幡

 昨年から行っている北陸新幹線が出来る前に北陸を見ておく旅、この夏も実施しました。
 取り敢えず、友人に会いに大阪方面へ。

 大垣駅で30分ほど待ち合わせが有ったので駅周辺を歩く。

 駅前のモニュメント

 居酒屋チェーンの看板が掛かっているが、居酒屋の建築ではあるまい。

 元は何の建築だったのであろう。

 大垣は水の都、と聞いたがそれに合わせたモニュメント

 児ポ法に触れないか心配です。

金蝶園総本家

寛政10年(1798年)創業の建物は老舗の風格。
店前で水の中に入った冷菓を売っており、それに人が並んでいたので店の中に入って和菓子を購入。
「水饅頭」以外にも、色々とあり、店内も多くの人で賑わっていた。

どうやら、金蝶園以外にも「水饅頭」を扱っているお菓子店はあるようで、色々と試してみたいものだ。

 金蝶園が思いの外、混雑していて時間が無くなってしまったので、再び西へ向かう車両に乗り込む。
 車内は座れなかったが、金蝶園で購入した「ふわふわ生 メロン」を食べる。


 近江八幡駅




 近江商人発祥の地

 確か以前に日野町に行った際にも「近江商人発祥の地」が掲げられていた様な。

 ぶーめらん通り?

 なぜこの通りの名が付いたか、色々と検索したが出て来なかった。
 取り敢えず、この通りを歩いてみる。

続く…
  


Posted by かるの at 08:17Comments(0)店主

2014年09月29日

10月5日講演 「人の記憶 地の記憶 火山伝承を読む」 散歩かふぇ ちゃらぽこにて

 10月5日10時半より散歩かふぇ ちゃらぽこにて講演致します。

 内容は「人の記憶 地の記憶 火山伝承を読む」です。


(平安時代・延暦年間の噴火を鎮護する目的で造営された須走浅間神社)


 秀麗なる富士山。その姿からは火を噴くなど考えられないが、古代から中世に掛けては常に火を噴く山であった。
 そして宝永の大噴火において、富士山の噴火は社会にどんな影響を与えたのか。
 歴史に刻まれた富士山の噴火を体験した人の日記や伝承から、噴火に遭った人の感情や、土地に刻まれた先人たちの思いを掬って行きます。

 「富士山・火山・災害史・富士信仰・平安時代・江戸時代」に関心がある方にオススメ。

 会費:1500円(ドリンク付き)

 時間:15時から

 開催場所はコチラ・


 ※駐車場がありません。公共交通機関か近隣の駐車場をお使い下さい。


 申し込みはオーナーメール、もしくはちゃらぽこさんへ直接お願いします。

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました。  


Posted by かるの at 08:17Comments(0)世間士として

2014年09月28日

ちゃらぽこ社会科散歩 小机・崎陽軒工場見学 ③新横浜周辺

先回の続き…。

展示物を見た後は工場見学。ただ、工場に関しては撮影禁止なので画像はありません。
シウマイのあんが空中を搬送されておりました。

シウマイと月餅の試食。

個人的には余り崎陽軒のシウマイは口に合わないのであったが、蒸したてはやはり違う。
崎陽軒の月餅は初めて食べたが、かなり美味しい。下のミュージアムショップでも購入する事にする。

ひょうちゃんはお持ち帰り。

卓に置かれていた大きめのひょうちゃん。

しかし、これを使って醤油を差す時は、首をもぐ感じに・・・。

試食を堪能し、下のミュージアムショップにて色々と買物。月餅を購入。
ここで気になったのは、崎陽軒の沿革の解説に
「・・・横浜駅には特色が無い事に気付いた。小田原には蒲鉾、沼津には羽二重餅、静岡には山葵漬け、浜松にはうなぎ・・・」
とあったが、沼津に羽二重餅が名物だったという話は聞いた事が無く、今後調べてみたいと思う。

工場を後にする。

15分ほど歩いた先の鶴見川流域センター

氾濫を繰り返した鶴見川の治水対策と周辺の地形と自然とを紹介する施設。小学生の自由研究にはもってこいの所である。実際にそんな感じの子供たちも。

近くに日産スタジアムを始めとする運動公園となっているが、これは鶴見川の氾濫時には遊水地となる機能を持たせるために造られたという。
周辺の地形を見ると、小机城や横浜線がやや高台にあり、洪水を避ける様に造られているのが分かる。

直近では6月に水没があったそうだ。


新横浜地区へ

新横浜ラーメン博物館へ

中は昭和な街並みを再現したラーメン屋が連なります。

気仙沼に在った名物食堂「かもめ食堂」を再現したという店舗のラーメンを頂く。

うーむ、入場料取ってラーメンもややお高い・・・

新横浜駅で解散となったが、やたらと田宮模型のTシャツを着た人(主に女子)がやたらと出て来て、何だこれは!と思ったが、ゴールデンボンバーというバンドのコンサートがあったので、それにちなんだものだったようだ。
帰りの途中の町田駅でも金券ショップがこのコンサートの券を扱っていた。

帰りはちょっと豪華にロマンスカーに乗ってみる。

車内で月餅を。疲れた体に甘みが沁みます。

今回の一番の発見だったかも・・・。
  


Posted by かるの at 08:17Comments(0)店主

2014年09月27日

本日開催 「機動戦士ガンダム 人は何故その重力に魅き寄せられるのか」


 放映開始から35年という長きに亘って人気を得つづけ、今なお新作が生み出されている『ガンダム』の魅力とはなんなのか?
 TVシリーズ『機動戦士ガンダム』をテキストに、「人物ドラマ」、「ロボットとしてのメカニズム」、「歴史と政治組織」の三点を中心として、総監督である富野由悠季氏の演出方法や思想を、客観的になぜ人気を得ているのかを多方面から分析します。
 ガンダム好きの方はもちろん、まだ見たことがない方にも楽しめる内容です。

開催場所:cucurucu(三島市一番町10−1)
参加費 :1500円(1ドリンク・ガンダムにちなんだお菓子付き。

話者:菰田将司氏(フリーライター)

筑波大学大学院博士課程中退。専門は中国近代史とフェラーリと富野由悠季。
特に富野由悠季監督には「追っかけ」として各種イベントに参加。監督の発言を記録することをライフワークとしている。本人と直接会話したことも数度ある「熱狂的富野信者」。
  


Posted by かるの at 08:17Comments(0)講座・講演会案内

2014年09月26日

ちゃらぽこ社会科散歩 小机・崎陽軒工場見学 ②崎陽軒工場にて

先回の続き・・・。

小机城跡を見て、吉田屋なる蕎麦屋にて昼食。「東海道店」と書いてあって一同から東海道沿いじゃないだろというツッコミ。

昼食後、来た道を戻る形になるが崎陽軒の工場見学に。



ひょうちゃん

シウマイと一緒に全国を旅するのが大好きとの事。「ゆるキャラ®グランプリ2014」にエントリーしたという。



やはり駅弁の印象からか、ミュージアムショップも鉄道のモチーフ





ミュージアムショップは後で見ることにし、上階の広間にて崎陽軒についての解説を受ける。

 昭和29年2月末、横浜駅東口前の崎陽軒食堂から出火し休業となった。改めて崎陽軒のシンボルを構築することになり、横浜の中華街を歩いていた時に焼売を思い付く。しかし出来立ての焼売は美味でも、弁当の様に冷めた状態では美味しいとは言えない。そこで、冷えた状態でも美味しさを保てる「シウマイ弁当」が開発された。
 焼売は豚肉だけでなく帆立の貝柱を混ぜ、ご飯を蒸気で炊き上げることにより、ご飯の粒が立ち冷めても美味しく、経木の折はご飯からでる水分を上手に吸収する。これらの工夫により、冷めても美味しい弁当となった。
 焼売をシウマイと表記するのは、当時の社長が栃木県出身でシウマイと発音していた事と、「旨い」という単語が入っている事、本来の中国語発音にも近いという事からである。
 現在、シウマイ弁当は1日に約19000食を売り上げ、日本で最も多く製造・販売されている駅弁とされる。駅弁のみならず、仕出し弁当としても好まれている。

展示物の弁当の醤油差し「ひょうちゃん」

現在は三代目のデザインであり、初代は「フクちゃん」の横山隆一氏によるもの。その後、「ミスタードーナツ」のデザインで知られるイラストレーターの原田治氏に変わった。2003年からは再び横山隆一の作品に戻っている。
2008年には創業100周年記念としてアンクルトリスを手がけた柳原良平氏による絵柄のひょうちゃんが封入されたという。
個人的には、沼津駅北口の再開発に伴う発掘調査で「ひょうちゃん」が大量に出土した事が印象深い。

掛け紙も様々な時代に合わせてデザインが変わっている。

初代 (昭和29~34年)   緑地をベースに横浜港を模したもの。
2代目(昭和35~38年)   当時の横浜の名所である横浜三塔、三溪園、掃部山公園の井伊直弼像など。
3代目(昭和39~平成6年) 黄色地に龍と水晶。水晶の中にマリンタワー、氷川丸、当時の崎陽軒が描かれた。
4代目(平成7年~)      水晶の中に崎陽軒本店やみなとみらい地区の名所が足されて描かれている。


歴代シウマイ娘の衣装

崎陽軒の女性従業員が、赤いチャイナドレス風の衣装と、ミス・コンテスト受賞者と同じたすきをつけてもらい、横浜駅のホームで駅弁形式でシウマイの販売を1950年ごろから始め、以後横浜駅の名物となった。
すぐ近くに東京駅など、東京近郊区間の大ターミナル駅が多いため、駅弁販売には余り向かなかったことから、シウマイ娘をホームにくり出して宣伝戦を展開した。

再び鉄道旅を思わせる

撮影用のシウマイ娘コスチュームも。




ある程度、レクチャーを受けて生産現場の見学へ。

続く・・・。

  


Posted by かるの at 08:02Comments(0)店主

2014年09月25日

9月24日 高嶋酒造講演 「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」 参考文献

9月24日 沼津市の高嶋酒造にて「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」についてお話させて頂きました。

 お越し下さった皆さん、ありがとうございました。
 

 講座に当たっての参考文献は以下の通りです。
 
 書名/著者
 「にっぽん音吉漂流記/春名 徹」

 「マクドナルド「日本回想記」/ウィリアム・ルイス、村上直次郎 編」

 「幕末の外交官 森山栄之助/江越弘人」
 
 「毛皮交易が創る世界: ハドソン湾からユーラシアへ/木村和男」

 「幕末漂流 日米開国秘話 /青木健」
 

 
 ご参考にしてください。

 なお、ラナルド・マクドナルドに関しては吉村昭氏の小説『海の祭礼』、音吉に関しては三浦綾子氏の小説「海嶺」があります。
 「海嶺」はドラマ化され、DVD化もされています。

※次回の高嶋酒造での講座は10月29日18時半から「巨大国策 捕鯨産業」と題し、捕鯨が世界史に与えた影響についてお話しします。  


Posted by かるの at 08:07Comments(0)世間士として

2014年09月24日

本日講演 「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」 沼津市・高嶋酒造にて

 本日18時半より講演致します。

  内容は「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」です。


(幕府の英語通訳となった森山)


 漂流して北米大陸に漂着した音吉。彼は日本に帰国する事が出来なかったが、上海に住む国際人として多くの日本人漂流者の帰国に尽力した。
 音吉と出会い、日本への好奇心を持ったアメリカ人・ラナルド=マクドナルドは日本へ密航して日本人に英語を伝え、アメリカへ日本を伝えた。
 マクドナルドに英語を学んだ森山栄之助は、諸外国との交渉時に日本の国益を守るためにその英語力を発揮する。
 日本の開国に少なからず関わる事になる三人の交錯する運命についてお話しします。

 「江戸時代末期・漂流事件・北アメリカ史・英語教育史」に関心がある方にオススメ。

 参加費:700円。


 時間:18時30分から

 開催場所はコチラ・沼津市原の高嶋酒造にて


 ※駐車場がありません。公共交通機関での来場をお願いします。(JR原駅から徒歩5分)

 ※申し込みは高嶋酒造へメールでお願いします。「info★hakuinmasamune.com」(★を@に換えて下さい。)
 

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました。  


Posted by かるの at 08:02Comments(0)世間士として

2014年09月23日

ちゃらぽこ社会科散歩 小机・崎陽軒工場見学 ①小机城跡

 講座開催会場としてご協力いただいている「散歩かふぇ ちゃらぽこ」さんの散歩会にて、小机城と崎陽軒の工場見学の回に参加しました。

 10:00 JR小机駅に集合

 駅構内にツバメが巣を作っていて、飛び交っているのが何となくカオス。




駅から10分ほどで小机城跡の入り口。根古屋とあるのは城の地名ですね。

ここからはお城の専門家の方に解説して頂く。

小机城は関東管領上杉氏によって築城されたとされるが、正確な築城年代は分かっていない。
この城が歴史的に登場したのは、1478年(文明10年)に起きた攻守戦で、山内上杉家の家宰であった長尾景春が、主家に対する反乱を起こした。このとき景春の味方をした豊嶋氏がこの城に立てこもり、敵方の太田道灌がこの城の攻撃をした。
その後は廃城となったが、この地域が後北条氏の勢力下に入ると北条氏綱の手により修復され、小机衆が組織された。1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の際には、無傷のまま落城した。その後、徳川家康の関東入府のときに廃城とされた。



「本丸跡」に接続する土橋

「本丸跡」と説明版にはあったが、専門家の方は違うと推測されていた。




歩道は堀の跡であるという。



続く…。


  


Posted by かるの at 08:16Comments(0)店主

2014年09月22日

9月21日 講演 「それぞれの結末 敗北に向き合った人々」 参考文献

9月21日、沼津市のteshioにて「それぞれの結末 敗北に向き合った人々」についてお話させて頂きました。

 お越し下さった皆さん、ありがとうございました。
 
 講座に当たっての参考文献は以下の通りです。
 
 書名/著者
 「ドキュメント 太平洋戦争への道/半藤一利 」

 「第二次世界大戦 ヒトラーの戦い/児島襄 」

 「グスタフ・マンネルヘイム フィンランドの白い将軍/植村英一」
 
 「世界の歴史28 第二次世界大戦から米ソ対立へ /油井大三郎・古田元夫」

 「聖断―天皇と鈴木貫太郎/半藤一利」
 

 
 ご参考にしてください。


※次回のteshioでの講座は10月13日14時からです。
  


Posted by かるの at 08:04Comments(0)世間士として

2014年09月21日

本日講演 「それぞれの結末 敗北に向き合った人々」 沼津市 teshioにて

 本日14時より沼津市のカフェteshioにて講演致します。
 

 内容は「それぞれの結末 敗北を認めるという事」です。


終戦へ取り組んだ鈴木貫太郎首相


 世界中を戦争に巻き込んだ第二次世界大戦。枢軸国側は連合国に押され、やがて敗北を意識する。しかしどんなに勝ち目が無いとしても、勝利の望みを捨てる事は味方からも許されざる事である。もしくは、戦いに勝利していても、政治的に敗北する事もある。
 敗戦国となった国々が、どうやって敗北を受け入れていくのか。今の国際情勢にも繋がっている敗戦の形を見ていきます。

 「第二次世界大戦・国際政治・軍事」に関心がある方にオススメ。


 会費:500円
 ※飲食店ですので1人1オーダーのご協力をお願い致します。

 時間:14時から(前回までと時間が異なります)

※お車でお越しの方は2人以上の相乗りで文化センターの駐車場をご利用頂くと、1時間無料になります。

 開催場所はコチラ・沼津市民文化センター内のカフェ・teshioにて


申し込みはオーナーメール、もしくは「info★cafe-teshio.com」(★を@に変更してメールを)で直接お願いします。

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました  


Posted by かるの at 08:05Comments(0)世間士として

2014年09月19日

本日講演 「宮本常一 その眼差しと足跡を追って」 沼津史談会にて

 本日18時半より講演致します。

 宮本常一 ~その眼差しと足跡を追って~






 昭和の日本各地・14万キロを自らの足で歩き、民俗調査を行った民俗学者・宮本常一。
 市井を生きる人の生活を見続けた一民俗学徒の視野は、やがて国の在り方にまで広がり、学問という枠を超えて地域づくりに活かし多くの人を勇気づけた宮本常一の生涯について語ります。


 参加費:500円。
 時間:18時30分から
 場所:沼津市立図書館 視聴覚ホールにて


 開催場所はコチラ・沼津市原の高嶋酒造にて


 

 ※申し込みは「沼津史談会事務所 Fax055-921-1412」へお願いします。
 

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました。  


Posted by かるの at 08:16Comments(0)世間士として

2014年09月18日

ホントに歩く東海道ウォーク 茅ヶ崎~大磯 ⑥大磯



大磯のランドマーク?高麗山の麓にある高来神社へ。


神社には良く見られる力石


本殿へ参拝


高麗神社とも呼ばれる。社名は一説に朝鮮半島にあった高句麗からの渡来人に由来するといわれる。
中世の戦乱等により書物が焼失したため起源は明らかでないが、神武天皇の時代の創建とする記録があるという。
江戸時代まで高麗寺という寺が山中にあり、現在の高来神社も高麗神社として寺内にあった。高麗寺は高句麗から渡来した高麗若光を祀った古い寺院と言われるが、室町時代には数度の戦火に見舞われ、廃寺寸前にまで追い込まれる。しかし江戸時代に徳川家が権現信仰のあるこの寺を上野寛永寺の末寺とし東照宮を置いたことから隆盛を取り戻した。しかし明治時代に入るとこのことが仇となり、徳川色を消し去りたい明治政府によってこの寺は廃寺とされ、廃仏毀釈で山内の堂塔は悉く破壊され高麗神社だけが残った。高麗神社は明治時代に高来神社(たかくじんじゃ)と改名し現在に至っている。



参拝した後、神社の人が居たので朱印を受ける。すると、遠くの神社に行っているからか、色々と聞かれる。


高来神社を出て、しばらくすると大磯宿の名残が出てくる。

虚空蔵堂

高来神社がかつて高麗寺だった際、東照宮も配祀されていたため大名行列はここで下馬したという。

水車がある。

調べたら蕎麦屋の様である。

化粧井戸の跡

『曽我物語』の主人公、兄の曽我十郎の恋人である虎女は17歳で大磯の菊鶴という長者にもらいうけられ遊女になった。その虎女が化粧をする際に使用した井戸の跡であるという。
 虎女は十郎が仇討ちの本望を遂げ命を落とすまでの2年間及び63歳で生涯を閉じるまでの晩年を大磯の地で暮らした。
 鎌倉時代頃の大磯の中心地はこの化粧井戸の辺りであった。

 大磯八景の碑

 明治40年、当時の大磯町長が大磯町内の名所八か所を選んで絵葉書にした。
 その内の「化粧坂の夜雨」の碑

無人販売の枝豆を良く見た。


大磯駅近くのエリザベスサンダーホーム・沢田美喜記念館

沢田美喜は岩崎弥太郎の孫娘として生まれ、外交官の沢田廉三と結婚。敗戦後、エリザベス・サンダースホームを創設し、2000人近くの混血孤児を育て上げた。
記念館はもう閉まっていたため入れなかったが、沢田美喜が収集した隠れキリシタンの遺物があるというので、見てみたいものだ。

大磯駅の向こうに見える洋館。気になる。


大磯駅にてゴール。

解散前に駅近くの喫茶店で休憩。お疲れ様でした。



  


Posted by かるの at 08:17Comments(0)店主

2014年09月17日

9月24日講演 「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」 沼津市 高嶋酒造にて

 9月24日18時半より講演致します。

  内容は「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」です。


(漂流後、通訳として来日した時の音吉)

 漂流して北米大陸に漂着した音吉。彼は日本に帰国する事が出来なかったが、上海に住む国際人として多くの日本人漂流者の帰国に尽力した。
 音吉と出会い、日本への好奇心を持ったアメリカ人・ラナルド=マクドナルドは日本へ密航して日本人に英語を伝え、アメリカへ日本を伝えた。
 マクドナルドに英語を学んだ森山栄之助は、諸外国との交渉時に日本の国益を守るためにその英語力を発揮する。
 日本の開国に少なからず関わる事になる三人の交錯する運命についてお話しします。

 「江戸時代末期・漂流事件・北アメリカ史・英語教育史」に関心がある方にオススメ。

 参加費:700円。


 時間:18時30分から

 開催場所はコチラ・沼津市原の高嶋酒造にて


 ※駐車場がありません。公共交通機関での来場をお願いします。(JR原駅から徒歩5分)

 ※申し込みは高嶋酒造へメールでお願いします。「info★hakuinmasamune.com」(★を@に換えて下さい。)
 

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました。  


Posted by かるの at 08:18Comments(0)世間士として

2014年09月16日

ホントに歩く東海道ウォーク 茅ヶ崎~大磯 ⑤



宝善院にて
日本最初の鉄道レール


この寺の檀家さんで鉄道好きの人が収集したものを寄進したそうである。

 鎌倉時代の建久三年、鎌倉八幡宮寺に下向した京都・東寺の学問僧によって開山。
 小田原北条氏の北条氏直は城内の守り本尊の虚空蔵菩薩を、落城寸前の城内から家来によって縁の宝善院に収めた。その名残か寺紋は「三つ鱗」である。



寺の外側の壁に、近寄ると経が流れるという。

テレビでも取り上げられたとか。

平塚宿京見付

宿場の西側の入り口。

京見付を過ぎると花水橋にて散歩かふぇの方が待っていたので休憩。
橋を渡れば大磯町に入る。

善福寺

 親鸞聖人が度々相模国を訪れ、人々に念仏を勧めていた際、その教えを受けた平塚入道によって開基された寺。
 平塚入道は曽我十郎祐成の子祐若 ( すけわか ) である。父の曽我十郎が仇討ちを遂げた後に生れた男子で、
成長して源実朝より平塚の荘を賜り、河津三郎信之と名乗った。
 しかし、父・祖父いずれも悲運の最期を遂げた無常を感じ出家した。この時期、親鸞聖人もたびたび国府津を訪れており、平塚入道は聖人のもとを訪ね弟子となり「了源」という法名を賜り、母・虎御前の生地の近くであるこの地に草庵を結んだ。これが善福寺の創始である。

親鸞聖人の像


善福寺の境内に在る横穴群


善福寺の向かいにあった趣ある家屋



続く…。


  


Posted by かるの at 08:16Comments(0)店主

2014年09月15日

花詩・神奈川県箱根町

とある会合で和菓子が配られた。

 何気なしに眺めていたら、ローカルもローカルな名称と、絵柄に引き込まれた。

 まだまだ知られていない、ローカルなものがまだまだあるのではないか?
 これを見てから、和菓子屋巡りが始まったと言っていい。
 洋菓子と比べ、その土地の歴史や風土、産物と、和菓子にはローカルな情報が詰まっている。それでいて、現在の材料を使ったりと、常に革新している。

 私は街歩きをする際、和菓子屋をまず尋ねる。和菓子屋には老舗が多く、様々な歳時記に合わせた菓子を作るため、街の様子を見ている。そこには街の様々な情報が詰まっているからだ。







やはり箱根は箱根関所を題材とするものが多いです。


街道の石畳を栗のごろごろ感で表現





店の脇にも水が汲める所があったのですが、名水のアピールもあります。


  


Posted by かるの at 08:16Comments(0)ご当地銘菓

2014年09月14日

9月13日 講演 「それぞれの結末 敗北に向き合った人々」 参考文献

9月13日、静岡市のくればにて「それぞれの結末 敗北に向き合った人々」についてお話させて頂きました。

 お越し下さった皆さん、ありがとうございました。
 
 講座に当たっての参考文献は以下の通りです。
 
 書名/著者
 「ドキュメント 太平洋戦争への道/半藤一利 」

 「第二次世界大戦 ヒトラーの戦い/児島襄 」

 「グスタフ・マンネルヘイム フィンランドの白い将軍/植村英一」
 
 「世界の歴史28 第二次世界大戦から米ソ対立へ /油井大三郎・古田元夫」

 「聖断―天皇と鈴木貫太郎/半藤一利」
 

 
 ご参考にしてください。


※次回のくればでの講座は10月11日14時から、「主食の民俗学 歴史を変えたサツマイモ」と題し、 人は何を主食として来たのか里芋・馬鈴薯・甘薯を始めとして、木の実や魚も主食であった時代から、甘薯の普及によって変わった歴史を紐解きます。
  


Posted by かるの at 08:03Comments(0)世間士として

2014年09月13日

本日講演 「それぞれの結末 敗北に向き合った人々」 静岡市 くればにて

 9月13日14時より静岡市のシニアライフ支援センター「くれば」にて講演致します。

 内容は「それぞれの結末 敗北を認めるという事」です。


終戦へ取り組んだ鈴木貫太郎首相


 世界中を戦争に巻き込んだ第二次世界大戦。枢軸国側は連合国に押され、やがて敗北を意識する。しかしどんなに勝ち目が無いとしても、勝利の望みを捨てる事は味方からも許されざる事である。もしくは、戦いに勝利していても、政治的に敗北する事もある。
 敗戦国となった国々が、どうやって敗北を受け入れていくのか。今の国際情勢にも繋がっている敗戦の形を見ていきます。

 「第二次世界大戦・国際政治・軍事」に関心がある方にオススメ。

 会費:500円(+ワンオーダーをお願いします)。


 開催場所はコチラ・静岡市両替町2丁目3-6大原ビル1F シニアライフ支援センター「くれば」
 


 申し込みはコチラから。054(252)8018
 もしくはオーナーメールで直接お願いします。


 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました
  


Posted by かるの at 08:17Comments(0)世間士として

2014年09月12日

9月11日講演 「果ての島の物語 玉置半右衛門と欲望の渡り島たち」について参考文献

9月11日、三島市のcucurucuにて「果ての島の物語 玉置半右衛門と欲望の渡り島たち」についてお話させて頂きました。

 お越し下さった皆さん、ありがとうございました。
 

 講座に当たっての参考文献は以下の通りです。
 
 書名/著者
 「アホウドリと「帝国」日本の拡大/平岡 昭利」

 「地図から消えた島々: 幻の日本領と南洋探検家たち/長谷川 亮一」

 「アホウドリの保護/長谷川博 」
 
 「北大東村ホームページ/」

 

 
 ご参考にしてください。
  


Posted by かるの at 08:18Comments(0)世間士として

2014年09月11日

本日講演 「果ての島の物語 玉置半右衛門と欲望の渡り鳥たち」 三島 cucurucuにて

 本日19時より三島市のcucurucuにて講演致します。

  内容は
果ての島の物語 玉置半右衛門と欲望の渡り鳥たち」
です。


(大東島の開拓記念碑)


 外国人の冒険商人たちに触発された玉置半右衛門は、絶海の孤島・鳥島に分け入り群れ飛ぶアホウドリを捕まえ巨万の富を得る事に成功する。彼に触発された山師めいた商人たちは、無人島を見つけては事業を展開して行く。
 アホウドリ・リン鉱石・サトウキビ・・・日本の版図が拡がりゆく時代、玉置商会という会社を通じて、開拓の負の一面を語ります。


 「明治時代・無人島開拓・伊豆諸島、琉球地域・プランテーション・アホウドリ」に関心がある方にオススメ。
 参加費:1000円(ワンドリンク付き)

 時間:19時から

 ※駐車場がありません。公共交通機関(JR三島駅徒歩5分)か近隣の駐車場をお使い下さい。

 開催場所はコチラ・cucurucu'


申し込みはオーナーメール、もしくはcucurucu'さんへ直接お願いします。

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました。  


Posted by かるの at 08:18Comments(0)世間士として

2014年09月10日

9月21日講演 「それぞれの結末 敗北に向き合った人々」 沼津市 teshioにて

 9月21日14時より沼津市のカフェteshioにて講演致します。
 
 内容は「それぞれの結末 敗北に向き合った人々」です。


ヒトラー死後のドイツの敗戦処理を行ったカール・デーニッツ


 世界中を戦争に巻き込んだ第二次世界大戦。枢軸国側は連合国に押され、やがて敗北を意識する。しかしどんなに勝ち目が無いとしても、勝利の望みを捨てる事は味方からも許されざる事である。もしくは、戦いに勝利していても、政治的に敗北する事もある。
 敗戦国となった国々が、どうやって敗北を受け入れていくのか。今の国際情勢にも繋がっている敗戦の形を見ていきます。

 「第二次世界大戦・国際政治・軍事」に関心がある方にオススメ。


 会費:500円
 ※飲食店ですので1人1オーダーのご協力をお願い致します。

 時間:14時から(前回までと時間が異なります)

※お車でお越しの方は2人以上の相乗りで文化センターの駐車場をご利用頂くと、1時間無料になります。

 開催場所はコチラ・沼津市民文化センター内のカフェ・teshioにて


申し込みはオーナーメール、もしくは「info★cafe-teshio.com」(★を@に変更してメールを)で直接お願いします。

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました  


Posted by かるの at 08:03Comments(0)世間士として