道の駅を出て、バスは鳳来寺山へ到着。車中にてバスガイドさんに鳳来寺の本堂へは山麓から伸びる石段が1425段あるので登る人は、というので登ってみたかったが、バス旅行なのでココは大人しくしておく。
来た道は無料であったが、かつては有料道路であった。その建設時の竣工碑。
参道を歩いて鳳来寺へ向かう。
非常に山深い所である。どこまでも山脈が続く様にも見えるが、長篠の町からそれほど離れてはいないのだ。
元々は足がすくむ様な断崖だったであろう。
11月半ばで紅葉を楽しみにしていたが、まだイマイチ。
この上に東照宮がある。
徳川家康の母・於大の方が鳳来寺山に参詣して家康を授かったという伝説を知った三代将軍・家光が鳳来寺山の大造営を図り、家康を祀る東照宮が新たに造営された。幕府から手篤い庇護を受け、かつては21の僧坊を誇ったという。
葵紋が誇らしい
日光・久能山と並ぶ三大東照宮の一社ということだが、両社に較べるとややこじんまりとしている。
こじんまりとしているものの、造営された当時の社殿や手水舎という事で重要文化財に指定されている。
この辺りは石垣が見事である。
東照宮から更に歩くと鳳来寺である。
来る途中で遠目に見えた、背後の荒々しい岩を従えているかのような鳳来寺山の山容が圧巻である。
寺伝では大宝2年(702年)に利修仙人が開山したと伝える。利修は文武天皇の病気平癒祈願を命じられて、霊木の杉から本尊・薬師如来、日光・月光菩薩、十二神将、四天王を彫刻したとも伝わる。山には日本一高いとされる樹齢800年以上、樹高約60メートルの「傘杉」があるという。
利修の加持祈祷からか、天皇は快復。この功によって伽藍が建立されたという。
鳳凰に乗って参内したという伝承から、鳳来寺という寺名及び山名の由来となっている。
ここに寺を造ったのも驚きなのだが、更に上にも奥の院があるらしく、階段が延びていた。
しかし、瓦の隙間から草が延びている・・・。これは傷みが相当なことになるだろう。
鳳来寺は幕府の寺であった事もあって、火事にあっても再建には相当な時間が掛かったりと明治以後はかなり不遇であったのがまだ尾を引いているのだろうか。
長篠城にも弓道の碑が建っていたが、ここには弓道関係者が祈願し奉納したであろう額が。
駐車場に戻ると、やや陽は傾いてきた。
ここでこのバス旅行は帰路に。個人的にバス旅行ってほとんどしませんが、こういった目的が明確なバス旅行なら良いかもしれません。