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かるの
各地で歴史講座を展開中。歴史を知る事で、人生や地域が豊かになる事を目指して。
フリーマガジン「道の駅」にも寄稿中。
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2014年02月28日

清水散歩 ②



次第に巴川に沿って歩くようになる。

甲州廻米置場跡

甲州からの年貢米は富士川舟運で岩渕まで運ばれ、ここに集め清水湊から江戸に船で送られていった。
ここから北側は船溜まりになっていて、その周囲は甲州側が土地を買い上げ倉庫が建てられた。
で、今でも山梨県の土地ということになっているそうだ。
幕府献上米は、米として輸送する以外に、換金して収めてもいました。その業務は本町の北村家が仲介業者として一手に捌いていた。
ちなみに幕府専用倉庫は清水小学校の場所にあり、それを改築して清水小学校が建てられた。

歩いていたら、とあるナゾ空間。


鉄を用いたアートの様です。

巴川にはカモメが沢山。


そして次郎長通り商店街に。ここは車で通り掛かった事はあったが、じっくり歩くのは初めて。

表側はサイディングされていたが、側面はかつての看板建築の雰囲気が残ります。


次郎長生家

思ったよりもこじんまり。車では気付かない訳です。
残念ながら開館時間を過ぎていたので入れず。

次郎長商店街の「肉のふくだ」にてもつカレーを購入。酒のツマミにする。

そして次郎長が開いた船宿。末廣に


ここでは侠客よりも明治以後の社会活動に重点を置いた展示をしています。


次郎長が知人に送った手紙

「食べに来い!」

三井物産が清水に支店を構えた時に送った案内状


次郎長が開いた英語塾の様子を再現

暗がりだったのでびっくりしました。

英語教科書


徳川慶喜が清水に来た時の警固役を務めたという碑


清水次郎長の事は少しばかりしか知らなかったのですが、巴川の清水湊から外港の清水港へと発展させたり、静隆社という茶の輸出をする商社を作ったり、英語塾、富士山麓の開墾と、明治以後の活躍の方が面白い人物だなと思いました。もう少し、調べてみたいと思います。

暗くなったのでここで帰路。
  


Posted by かるの at 08:16Comments(0)店主

2014年02月27日

2月26日 「オホーツクの霧の海 愛憎の海峡 前篇」 参考文献一覧

 2月26日に沼津市の高嶋酒造にて「オホーツクの霧の海 愛憎の海峡 前篇」についてお話させて頂きました。

 参加して下さった皆様、ありがとうございました。

 講座に当たっての参考文献は以下の通りです。
 
 書名/著者
 日露領土紛争の根源/長瀬隆
 図説帝政ロシア 光と闇の200年/土肥恒之
 漂流民とロシア 北の黒船に揺れた幕末日本/木崎良平
 駿河湾に沈んだディアナ号/奈木盛雄
 伊豆と世界史―豆州国際化事始め/:桜井 祥行
  


 ご参考にして下さい。

※次回は3月26日、「オホーツクの霧の海 愛憎の海峡 中篇」をお送りします。

   


Posted by かるの at 08:17Comments(0)世間士として

2014年02月26日

清水散歩 ①

清水に用事があった時に清水駅から次郎長商店街まで散歩。

駅前銀座商店街

「銀座」と付く所は・・・。

波止場踏切

この踏切の名前も港町の雰囲気を感じます。

雀荘・・・

雀荘というから麻雀荘かと思ったら、洋服の仕立て屋さんでした。

マニラヤ

家具やインテリアショップの様です。

謎店名が多いですね。

新清水駅の方に転じて、南へ向かう。

新清水駅近くのたこ焼きなどの店。

イラストが良い雰囲気です。



チャド

タイルの様式からかつてのカフェー建築を思わせます。
調べた所、現在はスナックのようだ。

ここも店構えはスナックな感じでしたが、漫画喫茶を謳っています。


ふとんやさんの様です


何となく、造船所から貰って来た端材で作ったのかなと推測。




酒屋さん


石屋さんのディスプレイ

よく子供向けのキャラクターが置かれる事が多いですが、人型埴輪という渋さ。

医師の家



この通りは良い雰囲気の建物が多い。

続く…。


  


Posted by かるの at 08:05Comments(0)店主

2014年02月24日

山の中の山吹色 土肥金山を見る ②資料館



掘り出された鉱石が採鉱場へ向かう様に、坑道を出て資料館へ。

鉱石を砕いて石臼で挽いて、水で流してより微細な金銀分を回収する事を勝場という。


それを溶解して金や銀を取り出す事を床屋という。


鉱山で使われた様々な道具








そして大きさ30センチ程の10キロの金塊があって掴めるようになっているのだが、片手では持ち上がらなかった。
やはり金は重い。

コチラは砂金掘り体験が出来る所であるが、川の名前が付いています。


外にも鉱山労働の雰囲気を伝える展示があります。




そして、稼働していた時と今を比べる。



かつては賑っていた鉱山として土肥金山は終わってしまった。資源が枯渇すれば山は閉じるというのが常であるが、日立のように鉱山から世界に通用する総合電機メーカーへと脱皮した所もある。
日本有数の金山だったのに、いや、日本有数の金山だったからこそ変われなかったのかもしれない。
鉱山を偲ぶだけではなく、産業の在り方を考えないといけない、と思った。  


Posted by かるの at 08:02Comments(0)店主

2014年02月23日

3月9日講演 「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」 沼津市 teshioにて

 3月9日13時半より沼津市のカフェteshioにて講演致します。


  内容は「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」です。


(漂流後、通訳として来日した時の音吉)

 漂流して北米大陸に漂着した音吉。彼は日本に帰国する事が出来なかったが、上海に住む国際人として多くの日本人漂流者の帰国に尽力した。
 音吉と出会い、日本への憧れを持ったアメリカ人・ラナルド=マクドナルドは日本へ密航して日本人に英語を伝え、アメリカへ日本を伝えた。
 マクドナルドに英語を学んだ森山栄之助は、諸外国との交渉時に日本の国益を守るためにその英語力を発揮する。
 日本の開国に少なからず関わる事になる三人の交錯する運命についてお話しします。

 「江戸時代末期・漂流事件・北アメリカ史・英語教育史」に関心がある方にオススメ。


 会費:500円
 ※飲食店ですので1人1オーダーのご協力をお願い致します。

 時間:13時半から

※お車でお越しの方は2人以上の相乗りで文化センターの駐車場をご利用頂くと、1時間無料になります。

 開催場所はコチラ・沼津市民文化センター内のカフェ・teshioにて


申し込みはオーナーメール、もしくは「info★cafe-teshio.com」(★を@に変更してメールを)で直接お願いします。

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました  


Posted by かるの at 08:18Comments(0)世間士として

2014年02月22日

山の中の山吹色 土肥金山を見る ①

鉱山に興味がある、という方を土肥金山に案内しました。

門に近付くと門番に話し掛けられます。

(その体でスピーカーから声が出る)

説明版によると、土肥金山は室町時代の1370年代から開発が始まったとの事。
そして江戸時代でも1620年に伊豆金山奉行であった市川助衛門尉が亡くなると衰退し、1625年には休山してしまった。
明治39年に神戸の実業家・長谷川銈五郎によって外国人技術者を導入し、再開発に成功する。
昭和40年に閉山。

江戸時代のイメージが強いですが、それ以前からあり、江戸時代は20年程で明治になってからだったのですね。
しかし、その江戸時代の20年間で産金量は佐渡に次ぐ全国二番目であった。

土肥金山の産金量が多くなると、金は江戸や駿府に千石船で運ばれ、鉱山資材や生活物資が千石船で行き交った。
金山景気を目当てに諸国から商人を始め、様々な人が集まり、遊女屋も軒を並べた。その賑わいは土肥千軒と呼ばれた。

坑道の入り口を釜の口というそうだ。

鉱夫達は坑道に入る時、出る時に山の神に唱える言葉を口にしてから入ったという。

たまたま解説のナレーションを聞いていたら、聴き覚えがある声で地元FM局のパーソナリティの方であった。

山の神である大山祇尊を祀っている。

金山らしく金の鳥居。

しかし鉱山の神としての金山彦尊ではないの?という疑問も。

地下水が湧出すると、水汲みをする水替人足と云う者が作業に当たった。


坑道を支える留木を使って落盤や落石を防ぐ。

この作業を山留といい、山留大工という技能職であった。

奥深くなると、気絶(けだえ)と言って地熱や酸欠で倒れる者が出る。

その予防の為に唐箕(とうみ)という送風機で換気をした。

採掘現場を切羽という。

よく山仕事は女性は従事させない、という向きがあるが、夫婦一緒に働く者も多く、男は金堀、女は運搬に従事した。

坑内にも風呂があった、というが本当に?


鉱石は5貫目(約19kg)が一単位として運ばれた。

運搬に従事する人を荷揚掘子という。

そして出口の近くに土肥金山として本格的に採掘が始められた鉱脈の地点。

この赤い所が金鉱脈で、これに沿って採掘を進めた。


では坑道を出て資料館に向かう。

続く…。
  


Posted by かるの at 08:03Comments(0)店主

2014年02月21日

3月4日講演 「平氏一門 時代を切り拓く一族」 沼津市 Lot.nにて

 3月4日18時半から沼津市のLot.nにて行います。


 内容は「平氏一門 時代を切り拓く一族」です。


(平氏一門の祖となった桓武天皇)


 旧い体制がほころび新しい時代が人々に望まれた時、その礎を築いたのが平氏の一門であった。
 しかし彼らの多くが新しい時代に関わる事無く、歴史の表舞台から去って行った。
 歴史の転換点に平家の人物が関わった点と、その一門を代表する「桓武天皇」「将門」「清盛」「信長」らに焦点を当てます。


 「武家政権・桓武天皇・中世・平将門・平清盛・織田信長」に関心がある方にオススメです。

 会費:1000円(ドリンク付き)

 時間:18時半から

 開催場所はコチラ・沼津市上土町60 岡田ビル1F(元Floyd沼津店 店舗)





 ※駐車場がありません。公共交通機関か近隣の駐車場をお使い下さい。

 申し込みはオーナーメール、もしくはLot.nさんへ直接お願いします。
 携帯電話055-919-1060

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました。  


Posted by かるの at 08:03Comments(0)世間士として

2014年02月20日

観光地でない箱根を観る ④



住宅街の中にある巨木


これまた住宅街の中にある湧水


飲めません、と書いてあるが、かつては多くの人の命の源だったのだろう。

住宅街の中の祠



 ふと山を見上げると「大」の字の跡が。

夏に送り火を行う跡であるが、始まったのは80年ほど前の強羅の別荘に住む政財界の大物に見せる余興として始まったという。

 ここでイベントとしては解散となったが、個人的に歩いてみる。

 精進池

 周辺には「血の川」などのおどろしい地名が。

 磨崖仏

巨大な岩の塊の東・西・南面に23体、国道の反対側に3体が刻まれている。
鎌倉時代半ばに刻まれたものであるが、良い状態で残っている。

最大は阿弥陀如来の98cm、最小は21cmの地蔵菩薩。

宮城野地区では家族に死者があると、四十九日以内にここまで家族の者がやってきて送り火を焚く「浜降り」という風習があったという。

 鎌倉時代には古道を往来する旅人が仰ぎ見る形状だったという。


多田満仲の墓(俗称)

 多田満仲は平安時代の源氏系武官貴族。
 武蔵国・摂津国・越後国・越前国・伊予国・陸奥国などの受領を歴任した後、鎮守府将軍に。その後、二度国司を務めた摂津国の多田盆地に入り開拓するとともに、多くの郎党を養い武士団を形成した。
 この石塔を満仲の墓と考えた根拠は不明との事であるが、関西で発展した宝篋印塔が関東様式に移行する最初のものとされており、国の重要文化財に指定されている。

 曽我兄弟の墓(俗称)

 総高約2.5メートルの五輪塔で、左側2つが曽我兄弟のもので、右の少し低い塔が虎御前のもの。
 国の重要文化財に指定されている。
 ちなみに、曽我兄弟の墓は全国に15基あるという。。

   この辺りは鎌倉時代の官道である湯坂道でも最大の難所だった。特に精進池の周辺には冬の厳しい寒さに加えて、箱根火山群が噴火した痕跡をとどめる荒涼とした風景が広がり、東国から西へ向って箱根を越える旅人はここで地獄の入口や賽の河原の有様を連想したのだろう。


 「箱根」というと観光地でしか思いつかなかったり、車で通り過ぎるだけだったりするが、今は観光地でも人が暮らしていた所には歴史があり、その歴史の名残が所々にある湧水池や道祖神や獅子舞の神事などがある。道行く人はこの辺りは一面水田であった、という話も聴けた。

 私もこのような企画を立て、多くの人に地域の文化を伝えられるようになりたいものです。  


Posted by かるの at 08:17Comments(0)店主

2014年02月19日

2月26日講演 「オホーツクの霧の海 愛憎の海峡 前編」 高嶋酒造にて

 2月26日18時半より講演致します。

 内容は「オホーツクの霧の海 愛憎の海峡 前編」です。


(江戸時代に北方を探検した間宮林蔵・近藤重蔵・最上徳内)


 日本の隣国としてのヨーロッパ世界・ロシア。鎖国体制下の江戸時代においても、漂流者や探検家を通じてその存在は知られていた。
 漂流者を助けるなど人道的な一面もありながら、日本人を襲う野蛮な面も覗かせる愛憎渦巻く日魯関係をロシア建国から江戸時代末期まで辿ります。

 参加費:700円。

 時間:18時30分から

 「ロシア建国・毛皮貿易・漂流民・大黒屋光太夫・露寇事件・蝦夷地探険・高田屋嘉兵衛・ヘダ号建造・日露和親条約」に関心がある方にオススメです。


 開催場所はコチラ・沼津市原の高嶋酒造にて


 ※駐車場がありません。公共交通機関での来場をお願いします。(JR原駅から徒歩5分)

 ※申し込みは高嶋酒造へメールでお願いします。「info★hakuinmasamune.com」(★を@に換えて下さい。)
 

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました。  


Posted by かるの at 08:04Comments(0)世間士として

2014年02月18日

観光地でない箱根を観る ③諏訪神社にて



 お昼休みを挟んで再会。お昼はコチラで食べました。

 早川
 
 川沿いの桜並木は春になったら見事そう。

 数ある道祖神の中には「性神」としての道祖神もあった。


形は露骨ではなかったが、何となくわかる

 午前中に遠目に見た諏訪神社。


 地震が起きた時に地を鎮めるとして「堅穽地神」を祀ったという碑

 他にも庚申塔や木喰上人の碑がある。

 急な階段。

 緩やかな坂もありますが皆さんこの階段を上った。

 諏訪神社の社殿


 隣接する境内社の津島神社(天王社)。境内社としては立派な造り。

 ここには湯立神楽の獅子舞奉納があり、仙石原や沼田(御殿場市)の神楽との共通性がある。

 富士講関係の碑が多く立っている。


浅間と見える。


「食行」と見えるので、富士講の「食行身禄」か。


「角行」と見えるので、富士講の開祖「長谷川角行」か。


紀元二千六百年祭を記念した碑


境内の御神木


鳥居の脇にはかつて禊をするための滝があったそうです。


続く…。
  


Posted by かるの at 08:03Comments(0)店主

2014年02月17日

16日セミナーカフェ講演 「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」 参考文献

2月16日、静岡市のセミナーカフェにて「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」についてお話させて頂きました。

 お越し下さった皆さん、ありがとうございました。
 

 講座に当たっての参考文献は以下の通りです。
 
 書名/著者
 「にっぽん音吉漂流記/春名 徹」

 「マクドナルド「日本回想記」/ウィリアム・ルイス、村上直次郎 編」

 「幕末の外交官 森山栄之助/江越弘人」
 
 「毛皮交易が創る世界: ハドソン湾からユーラシアへ/木村和男」

 「幕末漂流 日米開国秘話 /青木健」
 

 
 ご参考にしてください。

 なお、ラナルド・マクドナルドに関しては吉村昭氏の小説『海の祭礼』、音吉に関しては三浦綾子氏の小説「海嶺」があります。
 「海嶺」はドラマ化され、DVD化もされています。

※次回のセミナーカフェは3月23日14時から 富士山の火山伝承についてお話しします。  


Posted by かるの at 08:15Comments(0)世間士として

2014年02月16日

本日講演 「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」 しずおかセミナーカフェにて

 本日14時よりしずおかセミナーカフェにて講演致します。

  内容は「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」です。


長崎のマクドナルド記念碑


 漂流して北米大陸に漂着した音吉。彼は日本に帰国する事が出来なかったが、上海に住む国際人として多くの日本人漂流者の帰国に尽力した。
 音吉と出会い、日本への好奇心を持ったアメリカ人・ラナルド=マクドナルドは日本へ密航して日本人に英語を伝え、アメリカへ日本を伝えた。
 マクドナルドに英語を学んだ森山栄之助は、諸外国との交渉時に日本の国益を守るためにその英語力を発揮する。
 日本の開国に少なからず関わる事になる三人の交錯する運命についてお話しします。

 「江戸時代末期・漂流事件・北アメリカ史・英語教育史」に関心がある方にオススメ。

 会費:500円(お茶付き)。


 開催場所はコチラ・静岡市両替町2丁目3-6大原ビル2F ネクステージ企画室
 


セミナーカフェに関してはコチラ
http://www18.ocn.ne.jp/~aradmin/leaves/leaves.html


申し込みはコチラから。もしくはオーナーメールで直接お願いします。
http://semicafe.eshizuoka.jp/


 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました
  


Posted by かるの at 08:16Comments(0)

2014年02月15日

本日講演 「弥太郎と栄一 無限の姿見」 散歩かふぇ ちゃらぽこにて

  本日 15時より散歩かふぇ ちゃらぽこにて講演致します。

 内容は「弥太郎と栄一 無限の姿見」です。


(岩崎弥太郎が設立した郵便汽船会社三菱と渋沢栄一が設立した第一国立銀行)


 現代にも大きな企業グループとして存在する三菱グループの祖として、一代でその礎を築いた岩崎弥太郎。
 多くの企業をはじめ、銀行制度や証券取引所を設立した「近代資本主義の父」こと澁澤栄一。
 幕末から明治へと移り変わる世の中で目覚めた近代資本主義を駆け抜けた二人であったが、そのアプローチは全く異なるものであった。二人の生涯を対比させた形でその目指した物を見つめていきます。

 「幕末から明治・資本主義経済・財閥・起業・身分制度」
などに関心がある方にオススメです。

 会費:1500円(ドリンク付き)

 時間:15時から

 開催場所はコチラ・


 ※駐車場がありません。公共交通機関か近隣の駐車場をお使い下さい。


 申し込みはオーナーメール、もしくはちゃらぽこさんへ直接お願いします。

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました。  


Posted by かるの at 08:16Comments(0)世間士として

2014年02月14日

13日講演 「水の王と炎の鬼 福沢桃介と松永安左エ門」について参考文献

2月13日、三島市のcucurucuにて「水の王と炎の鬼 福沢桃介と松永安左エ門」についてお話させて頂きました。

 お越し下さった皆さん、ありがとうございました。
 

 講座に当たっての参考文献は以下の通りです。
 
 書名/著者
 「鬼才 福沢桃介の生涯/浅利佳一郎」

 「自叙伝 松永安左エ門/松永安左エ門」

 「木曽谷の桃介橋/鈴木静夫」
 
 「耳庵 松永安左エ門/白崎秀雄」

 

 
 ご参考にしてください。

※次回は3月13日19時から「やまとなでしこ 戦う姫たち」と題し、戦乱に於いても果敢に戦った女性についてお話しします。  


Posted by かるの at 08:17Comments(0)世間士として

2014年02月13日

本日講演 「水の王と炎の鬼 福澤桃介と松永安左エ門 」 三島 cucurucuにて

 本日19時より三島市のcucurucuにて講演致します。

 内容は「水の王と炎の鬼 福澤桃介と松永安左エ門」です。


(福沢桃介が執念を傾けた木曽川・大井ダム)


 貧しい生まれながらも福沢諭吉の婿養子となった福沢桃介、壱岐の大商人の跡取りだった松永安左ェ門の二人は株式相場や虚業に手を染めながらも、その資金で電力事業を軌道に乗せ、大きな影響を持つに至る。
 時局が戦時体制に移りゆく中でも二人は自由主義経済を訴えていた。周囲の反対を押し切り自らの信念を貫き通した福沢と松永の生涯と、日本の電力事業の歴史を追って行きます。

 参加費:1000円(ワンドリンク付き)

 時間:19時から

 「電力事業・ベンチャー起業・戦時経済・株式相場・大正時代」に関心がある方にオススメです。


 ※駐車場がありません。公共交通機関(JR三島駅徒歩5分)か近隣の駐車場をお使い下さい。

 開催場所はコチラ・cucurucu'


申し込みはオーナーメール、もしくはcucurucu'さんへ直接お願いします。

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました。  


Posted by かるの at 08:05Comments(0)世間士として

2014年02月12日

2月16日講演 「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」 しずおかセミナーカフェにて

 2月16日14時よりしずおかセミナーカフェにて講演致します。

  内容は「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」です。


(漂流後、通訳として来日した時の音吉)

 漂流して北米大陸に漂着した音吉。彼は日本に帰国する事が出来なかったが、上海に住む国際人として多くの日本人漂流者の帰国に尽力した。
 音吉と出会い、日本への好奇心を持ったアメリカ人・ラナルド=マクドナルドは日本へ密航して日本人に英語を伝え、アメリカへ日本を伝えた。
 マクドナルドに英語を学んだ森山栄之助は、諸外国との交渉時に日本の国益を守るためにその英語力を発揮する。
 日本の開国に少なからず関わる事になる三人の交錯する運命についてお話しします。

 「江戸時代末期・漂流事件・北アメリカ史・英語教育史」に関心がある方にオススメ。

 会費:500円(お茶付き)。


 開催場所はコチラ・静岡市両替町2丁目3-6大原ビル2F ネクステージ企画室
 


セミナーカフェに関してはコチラ
http://www18.ocn.ne.jp/~aradmin/leaves/leaves.html


申し込みはコチラから。もしくはオーナーメールで直接お願いします。
http://semicafe.eshizuoka.jp/


 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました
  


Posted by かるの at 08:16Comments(0)世間士として

2014年02月11日

本日講演「日本の神話を旅する 人代編」 三島市 大社の杜にて

本日14時から三島市の大社の杜にて行います。


 内容は「日本の神話を旅する 人代編」です。



(大山古墳・伝仁徳天皇陵)


 神話というと荒唐無稽な話かと思いがちですが、神話には古代の人々の様々な考え方が盛りこまれています。
 今回は古事記の中下巻の神話の代表的な話を辿ります。神武天皇となったイワレビコの遠征から、桃太郎の原型とも言えるキビツヒコをはじめ、古代史最大のヒーロー・ヤマトタケルは各地に大きく足跡を遺しています。
 神話から次第に歴史へと変わって行く、日本の歴史で最も謎な時代を神話を通じて旅をしてみましょう。

 「日本神話・文学・古代史・神社・地方史・民俗学に関心がある方におすすめです。」

 会費:1000円(お茶・お菓子付き)

 時間:14時から16時

 開催場所はコチラ・大社の杜 みしま 南側2F お座敷「福座蔵」ふくざくら 

 ※駐車場がありません。公共交通機関か近隣の駐車場をお使い下さい。

 申し込みはオーナーメール、もしくはシカ小杜さんへ直接お願いします。
 携帯電話055-972-1702

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました。  


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2014年02月10日

2月9日講演 「会津藩 守り続けた真の侍」 参考文献

2月9日、沼津市のteshioにて「会津藩 守り続けた真の侍」についてお話させて頂きました。

 お越し下さった皆さん、ありがとうございました。
 

 講座に当たっての参考文献は以下の通りです。
 
 書名/著者
 「シリーズ藩物語 会津藩/野口信一」

 「カメラが撮らえた会津戊辰戦争/新人物往来社」

 「カメラが撮らえた新島八重 山本覚馬 新島襄/新人物往来社 」
 
 「会津藩 斗南へ/星亮一」

 「名君の碑 保科正之の生涯 /中村彰彦」
 

 
 ご参考にしてください。

※次回のteshioは3月9日13時半から 「大洋を越える運命 音吉・ラナルド・栄之助」についてお話しします。  


Posted by かるの at 08:02Comments(0)世間士として

2014年02月09日

本日講演 「会津藩 守り続けた真の侍」 沼津市 teshioにて

 2月9日13時半より沼津市のカフェteshioにて講演致します。


  内容は「会津藩 守り続けた真の侍」です。


(最後の会津藩主・松平容保)


 江戸時代、会津藩は徳川御三家に次ぐ家格とされ、藩祖・保科正之から蝦夷地警護、幕末の江戸湾警護、京都守護職など、御三家以上に幕府に忠義を果たした。
 武士の中の武士と言える会津藩の歴史と、その精神を生んだ背景についてお話しします。

 「会津藩・江戸時代・蝦夷地警護・海防・教育史・武士道」に関心がある方にオススメ。


 会費:500円
 ※飲食店ですので1人1オーダーのご協力をお願い致します。

 時間:13時半から

※お車でお越しの方は2人以上の相乗りで文化センターの駐車場をご利用頂くと、1時間無料になります。

 開催場所はコチラ・沼津市民文化センター内のカフェ・teshioにて


申し込みはオーナーメール、もしくは「info★cafe-teshio.com」(★を@に変更してメールを)で直接お願いします。

 ちなみに、タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。
 本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました  


Posted by かるの at 08:04Comments(0)世間士として

2014年02月08日

観光地でない箱根を観る ②



 では10時スタート。まずは東の山の神から。



 すぐ近くにあった駐車場として使われている空間は小田原城内高校箱根分校の跡地であった。その名残を示す物は殆ど無いのが寂しい。

微かに富士山




 宝珠院という曹洞宗の寺へ。


ここには祭文語りと呼ばれる芸人の一座が、道のない峠を越えたとして捕えられ、関所破りとして男性は処刑されてしまった。彼らの墓が残っている。



並ぶ地蔵の中でコレの持っている物が何だったのだろう。



 宝珠院の手前には道祖神があり、1月14日に祭りを盛大に行う。

 道祖神の周りに仮の社を作り、そこに子供が入って賽銭を入れた大人に祝詞のような言葉を与えるという。

たまたま通りかかった駐車場

固めて居る訳では無く、車が入ったら動かされてしまうと思うのだが・・・。


 外窪の湧水

 水神さんと共に庚申塔も。



 宮城野地区の神社には天王社、津島神社などの牛頭天王信仰が多く、そこに獅子舞の奉納も多い。

 天王社では獅子舞の奉納が行われる。


 下諏訪神社

 当地では「おちかみさん」と呼ばれている。ここでも獅子舞の奉納。

 コチラも湧水。


 個人宅にある道祖神。
 
 お宅の方に色々な説明をして頂いた。

 
続く…。

  


Posted by かるの at 08:16Comments(0)店主