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2015年12月25日
長篠城・設楽原古戦場探訪 ③
飯田線に分断された野牛曲輪へと向かう。
駐車場に戻って、やや廻り込んで二の曲輪の南に飯田線のその名も古城址踏切があるのだが、警報機が無く 遮断機もないので左右を充分確認して渡ります。

こういった踏切は初めて。
本丸の南側には腰曲輪状の野牛曲輪がある。

ここの野牛門から鳥居強右衛門が城を抜け出して豊川を潜って渡り、岡崎へ援軍の要請に向かっています。
殿井と言う井戸跡があり、今も水が湧いています。

河岸段丘の砂礫層と岩盤の境から湧き出る泉で、城兵の貴重な飲料水であった。
野牛郭跡

そこから川側へ降りていく。

豊側と宇連川が合流する断崖があり、


先端付近に櫓台跡がある。

この先からは石造りの飯田線の橋脚が美しく川面に反射していました。

道路の橋脚も鉄骨の構造が美しい

続く…
Posted by かるの at 08:04│Comments(0)
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